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Sido Kaito no Kobea

獅導海斗の日記ブログ。

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11/07/28:清和源氏3

昨日は「清和源氏」が3つの流れ、「摂津源氏」「大和
源氏」「河内源氏」に分けられることを書いた
(⇒11/07/27:清和源氏2)。今日はその一つ「摂津
源氏」の流れを見ていく。

源頼光と四天王による酒呑童子退治は非常に有名だ。
しかし「摂津源氏」の中で彼くらいしか知識として私が知
る者はいない。

「摂津源氏」の役目は天皇警護だったらしい。現在で云
うSP(Security Police)的存在だ。

そんな「摂津源氏」が衰退した一番の理由は源平合戦に
おいて多田行綱(多田源氏の棟梁)が源義経軍の一翼を
担い活躍したことだ。これにより源頼朝に疎まれ、領地
である多田の所領を没取されるのである。

以下に箇条書きで示すは源頼光の長男である頼国の流れ
である。上から頼国次男、五男、六男、八男。他の流れ
は省く。

○源頼資の流れ:溝杭氏、平岡氏など
○源頼綱の流れ
・源明国(頼綱長男)の流れ:多田氏、能勢氏、野瀬氏、
手島氏、倉垣氏、昆陽野氏など
・源仲政(頼綱次男)の流れ:馬場氏、太田氏、下間氏、
大河内氏、小国氏、深栖氏、堀氏、及川氏など
・源国直(頼綱三男)の子孫:山県氏、各務氏、多治見氏、
落合氏、清水氏、平野氏、蜂屋氏、関氏、能勢氏、能世氏など
○源国房の流れ:土岐氏、金森氏、明智氏、原氏、肥田氏など
○源師光の流れ:福島氏など

「摂津源氏」が没落する一方、源氏の主流は「河内源氏」
となった。後の征夷大将軍は「河内源氏」の流れからで
ている。「兄より優れた弟なぞいねぇ」と言わなかった
のだろうか。少なくとも妬みには思っていただろうが。

余談として、源頼光の父・源満仲の伝説と経緯を元に三
ツ矢サイダーの名前がついたという話だ。

[今日の一枚:休刊]
田辺が大阪日本橋へ行くというので便乗して旅立つ。自
転車による日本橋訪問は久しく、楽しみだ。

ちなみに明日が誕生日だったりする。かつて実子に殺さ
れると告げられた王様のように、誕生日を素直に受け入
れたくないのだが。


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