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イァッホー!
イベント、お疲れ様でしたーっ!
開始直後のBGMが『カカカタ☆カタオモイ』で
非常に気分が盛り上がりましたねっ
個人的な予測は『ヒャダインのじょーじょーゆ
ーじょー』で外しましたが、2曲目に流れて
盛り上がる^2
田辺と巴が別の話で盛り上がってましたが(笑
ともあれサークル参加していた先輩や後輩と
顔を合わせることができてよかったです
なんか元気でる
イベントの良さってこういうところもありますよね
午後から一人お留守番をしていて暇だったから
一枚落書きしてみました
東方の星とナズーリン、携帯写真なのであまりよく
写ってはいませんが…
早めに切り上げ帰りにプルコギを食して帰ってきました
改めてイベントお疲れ様でした
明日からは予告通り源氏の流れの残りをちゃちゃっと
軽めに追ってまとめたものを書き、そのシリーズを終える
つもりです。
ではまた^^ノ
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久々の更新にございます。
今回の題材であるサンホラの同人誌の
イラストを書き上げ、印刷し、ただ今製本
作業中です!
半分は出来上がっているので土曜…
つまり今日中に製本を終えて明日は
楽しい^2イベント!
サンプル画像をデジカメで取りまして
サイトにアップしてますのでよければ
みてくださいまし~。
最後に
11/08/19ではブース番号をG-23bとか
書いてましたがそのすぐ隣の
G-24aですからっ!
ごまかしきかせていたからあえて
今まで訂正しませんでした。
さぁイベントを楽しもー。
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コミトレ当選しましたー!
G-23b…だったかな。
間違いないブース番号は明日以降サイトの方に
載せときます。
真ん中の大きな通りに面したところなので新刊を
落とすととても恥ずかしいハメになりますねー。
えと、しばらく作業できてなかったのでちょっと
修羅場モードです。
散歩以外の日課をすべてキャンセルして進めて
完成を目指したいのでイベント明けまでブログの
更新をストップしようかと思います。
ちなみに。
シリーズ中の「河内源氏」の流れは以下にわけて
書いて、9月中旬には終わる予定にしたいと思い
ます。
・創成期 - 源頼信時代の河内守に任官~源頼義
時代の前九年の役平定
・斜陽期 - 源義家時代の後三年の役後~源義忠
時代の兄源義親の反乱
・没落期 - 源義忠時代の義忠暗殺事件~源義朝
時代の平治の乱の敗北
・回生期 - 源頼朝時代の鎌倉幕府成立~源頼朝
時代の源頼朝死去
・崩壊期 - 源頼家時代の頼家将軍就任~源実朝
時代の源実朝暗殺事件
「平氏」の流れも見ていきたいのですが、資料を
読んでるとそっちに夢中になって他のことができ
なくなるので一旦このシリーズは「源氏」で終わり
にする予定です。
それ以降は考えてないけど、曲とかアニメなどの
関連から引っ張っていこうかなぁと、”今”思ってる
だけです。
今始めるとしたら「日常」かなぁ。
ゆっことみおのやりとりが面白いのよ。
そんなとこです。
それではまた~^^ノ
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今日は単なる日記かな。
ど~も平安時代鎌倉時代にかけてはごたごた
してて飲み込みにくい。
「河内源氏」の流れを語ると頼信・頼義親子から
前九年の役の終了まで、で大分けの一つを書く
ことができる。
その後もいくつかに分けれれるわけだが、騒乱が
起こると婿養子がどこそこへいっただの嫁にした
のが誰其れの流れを組んでるなど、もう入り乱れ
て理解しづらいのなんのって。
源氏に平氏の娘が嫁いだり、東北の半自治政権
安倍氏がどうの清原氏がどうの……。
当時政権を握っていた藤原氏が源氏に対してど
う関わりを持ってきたか、なども見てたら頭が
こんがらがってきちゃいました。
明日はどうにかにでも形にして書いて載せたい
と思うし次第にござる。
[本日の一枚:休刊]
そのうち九官鳥がでてくんじゃないかなぁとか…
寒い洒落だねぃ。
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清和源氏の出自と背景、別れた3つのうち「摂津源氏」「
大和源氏」についてこれまで書いた。少し予定を変えて、
今回はそれらに多少付け加て簡単にまとめる。
[時代背景]
中臣鎌足(藤原鎌足)から不比等と権力の比較的強いまま
至る。彼の息子たち武智麻呂、房前、宇合、麻呂が平安
時代初期に入り上位官職を兄弟が握り権勢をさらに高め
た。彼らの流れをそれぞれ「藤原南家」「藤原北家」「
藤原式家」「藤原京家」といった。
「藤原北家」である藤原良房は嵯峨天皇の娘を娶り”天
皇の外戚”となった。清和天皇はその権勢に負けて良房
に”摂政”という、天皇の代わりに政務を取り仕切る、
役職を与えた。これでますます権勢を増す「藤原北家」
もとい藤原氏。
そんな中、経基王(源経基)が臣籍降下した。
(⇒11/07/26:清和源氏1)
[経基王(源経基)の子孫]
経基王(源経基)は平将門の乱・承久の乱を生きた人である。
彼の子を源満仲(源満仲)という。彼は職務でついた国司
の地・摂津国河辺郡多田に本拠地を構えたため多田満仲(
ただのまんじゅう)とも称した。彼ら親子に加え、満仲の
息子たち―――清和源氏一族―――は摂政家ある藤原家
に仕え、栄えた。
(⇒)
注)経基・満仲は古書により食い違いがあり、はっきり
とせず異説ある。
[「多田源氏」]
かぶるが摂津国河辺郡多田を満仲は本拠地とした。ゆえ
にその地に住み着いた流れを「多田源氏」という。その
一人が源頼光である。この回のブログでは「摂津源氏」
としていた。源平合戦(治承・寿永の乱)において源義
経側につき活躍したものの、源頼朝に義経ともども疎ま
れ領地を没収される。その後彼らは氏族を別れさせなが
ら次第に没落、地方に土着していった。
(⇒11/07/27:清和源氏2)
(⇒11/07/28:清和源氏3)
[「大和源氏」]
「多田源氏」同様の結末を辿る。源平合戦において目立
つ活躍ができず、勢力を伸ばせなかったのが原因であっ
た。
(⇒11/07/29:清和源氏4:大和源氏)
[今日の一枚]
夏バテ中……(ガクリんこ
